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学術研究成果

STEMの学生の科学と未来社会像やSDGsに対する意識の国際比較調査研究

1.研究目的

1. 研究目的

1.1

1-1 概要

ICTやグローバル化の進展、技術の発展形態の変化により、技術はかつてよりも大きな影響を社会に与え、不連続なパラダイムシフトが起こる中で、専門分野のみでなく、マルチディシプリンな視野で社会の繋がりを持つSTEM (Science, Technology, Engineering and Mathematics)人材の必要性が増大してきた。一方、技術は過度な競争がもたらす環境破壊等の負の側面を有していたが、グリーンテクノロジー等のように、技術が持続可能な社会へ貢献できる可能性が生まれている。しかし、未来を担うSTEMの学生が、SDGs(持続可能な開発目標)や技術の影響が大きい未来社会像へ対して持つ認識は、国により様々で、現状もそれほど知られていない。そこで本研究では、認識が異なるであろうOECD諸国とBRIICS諸国等の技術系大学と連携し、共通の枠組みで、STEMの学生のSDGsや未来社会像に対する意識調査を共通の物差しで測り比較する。さらに、意識の醸成を目指して、科学と将来像に関する共通のワークショップを含む授業を行い、その意識の変化を測定する。科学技術に基づく未来社会像を意識し、設計できるマルチディシプリンでグローバルなSTEM人材の育成に貢献できる各国共通の授業のプロトタイプを作成する。

1.2

1-2 学術的背景

STEM人材と社会の繋がり:近年、STEM人材と社会の繋がりの重要性が増大してきた。歴史的に見ると、第二次大戦中の、レーダーや原子爆弾等の大規模科学の成果により,大戦後は基礎研究が線型的に社会の発展に繋がるリニアモデルや、科学技術の成果物が科学の性質で自動的に確保される「科学に対する社会契約」の考えが主流で、科学のレッセフェールの時代が続いた( Bush,1945)。しかし、60年代から70年代にかけて、公害やスリーマイル島原発事故、アポロ計画の成功に反して停滞するアメリカ経済等の科学技術の負の影響により、1970年代の後半に「科学に対する社会契約」の時代は終焉する (Nelson, 1977)。1980年代以降は、科学の生産性や正当性を担保するため、科学と社会を媒介する組織や制度が整備された(Between Politics and Science,Guston,1999)。技術やイノベーションの発展形態も、トランジスタ革命に代表される既存の技術の限界を線型的に突破する「技術突破型」から、従来の専門分野にととどまらず、他分野との融合する「技術融合型」が出現し(Kodama,1991)、技術が社会の異なるプラットフォームに跨るため、「政策融合」の必要性が指摘された(児玉,2002)また、社会の問題解決をする学際的な新しい知識の生産活動(MODE2)での科学技術の貢献が重要視され、STEM人材の他分野や社会との協働が必要となった(Gibbons, 1994)。加えて、公的資金での研究成果や生産された知識を、STEM人材が迅速に政策決定者や社会に伝達し、公正な社会の形成に役立てるという「科学に対する新たな社会契約」が提唱された(Lubchenco,1998, science)。

持続可能な社会と社会未来像への技術の貢献:持続可能な社会の発想はBRIICSの影響が大きい。技術の競争力強化を重視していたOECD諸国の政策が、BRIICSの持続可能な開発目標の影響で“Greener”(環境にやさしい)の重要性が増したことをOECDは2010年に報告した。2012年には、地球規模の問題を解決するためのイノベーションの利用、オープンサイエンスの必要性を指摘した。(OECD,2001-2014)。また、ICT関連の労働力がOECD諸国で不足していて、スマートグリッド等に代表される環境関連のICTの需要が持続的な経済成長を牽引することを指摘している(OECD, 2012)。国連の目標も、途上国の貧困や飢餓の撲滅を目指した「ミレニアム開発目標(MGDs)」から範囲を拡大し、持続可能な開発は先進国を含む世界共通の目標であるとの認識で、2015年に、SDGs2030が掲げられた(United Nations, 2015)。日本では、第5期科学技術基本計画(2016-2020)において、コア技術や新たに出現する技術と、IoT,AI,ディバイス、ビッグデータ等のサービスプラットフォームにより実現する未来社会像として、超スマート社会Society5.0を示した(内閣府,2016)。Society5.0においは、社会課題を、政治的、経済的、倫理的アプローチだけでなく、イノベーションや、技術を応用した基盤の整備と改革により、解決の道筋をつけていくことが重要であり、短期的な問題解決にとどまらず、未来の姿を描き、それに向かって持続可能な社会開発を意識し、技術を取り入れ、Industrie 4.0をも包含し、問題解決を探ることが望まれ、経団連を始めとする経済界と一体となり取り組みが始まっている(日本経団連,2017)。

1.3

1-3 目的

  1. 教育的目的:STEMの学生が、専門分野の知識の習得だけでなく、質問票やワークショップを通じて、様々な技術がもたらす未来社会像と持続可能な開発への意識を深めること。専門性と幅広い視野を併せ持ち、科学技術に基づく未来社会像を意識し、設計できるマルチディシプリンでグローバルな人材育成に貢献できる各国共通の授業のプロトタイプを作成する。

  2. 学術的目的:未来の社会像と持続可能な開発に対するOECD諸国やBRIICS諸国の学生の意識の違い、男女の意識の違い、因子分析による潜在変数の抽出を試みる。また、授業を行った後の意識の変化を調査・測定する。

  3. 国際連携の目的:大学生の意識調査、教育教材の開発、教育方法の開発、ワークショップの企画開催、学術的アイデアの交換を、海外の大学と共通基盤で行う環境を整え、連携を図る。意識調査結果に基づき、学生の意識改革のための国際的協力・連携への展開をめざす。

2. 研究方法

2. 研究方法

2-1 実施方法・体制

本研究では、日本、オランダ等のOECD諸国や、中国、ブラジル等のBRIICS諸国にシンガポール、マレーシアを加えた6か国の技術関連の大学で、STEMの学生に対し、未来社会像とSDGsに対する意識・認識調査を行い、ワークショップを含む共通の授業を実施した後その変化を測定する。実施体制と方法を以下に示す。
 

  1. 共通のアンケート調査の設計:オランダAVANS大学の「SDGsに対する認識やゴールの優先順位に対するアンケート」、「グローバル人材を測るアンケート」をプロトタイプとする。対象はSTEMの学生で、量的分析の性質上、各校200名以上とする。100名を、プロジェクトで提供する授業を受けないコントロール群とする。山口大学ではSTEMの学生が8700人中、約5000人で、女子は約20%。女子の分析を可能にするためのサンプリングが重要となる。これまでAVANS大学で行った結果を分析し、改善点、注意点を抽出する。質問票(英語)は、各国の言語(日本語、中国語、ポルトガル語)に翻訳するにあたり、SDGsの指標の定義を参考に、言語の定義を明確にし認識を統一する。

  2. 共同作業を行う環境の設定:クラウドでデータを共有する。各国の時差があるため、時間を設定してテレビ会議を開催する。アンケートは共通のインターネットリンクにて、母国または英語で提供する。(入力速度も認識度の対象とするため、外国語である故に回答時間がかかることを防ぐため)

  3. アンケートの実施:プリテストを行い、必要に応じて修正した後、本調査を行う。アンケートはインターネットを通じて、スマートフォンやパソコンで生徒が各自行う。

  4. アンケートの結果分析:アンケートの結果は、単純集計、クロス集計、多変量解析、テキストマイニング等により分析する。各国の比較、男女の比較、国別、因子分析等を行う。データの整理の効率化のため、補助作業員を確保する。

  5. 共通の授業方法を構成する:山口大学やAVANS大学が行ってきた授業やワークショップとエビデンスベーストの技術予測やフォーサイトを基にワークショップ型授業を構成する。授業はアクディブラーニング、learning by doing, ケーススタディ、ディスカッション等を取り入れ実施する。点数制で達成度を測定し、評価する。

  6. 共通の授業内容の作成:持続可能な開発の見地はSDGsを組み込みこむ。各大学で補助教材に共通の文献を使用する。マレーシア工科大学の協力を得て、トムソンロイターの知財データベースを使用しパテントメトリックスにより各国の技術予測を行う。分析では、これまで開発してきた機械学習に、単語以上の文のつながりをAIで解析する手法を加える(研究業績3)。これらのエビデンスベーストの分析に創造性を有するシナリオプランニングで未来予想を行い授業を構成する。

  7. 2回目のアンケートの実施とまとめ:授業終了後に再びアンケートを行う。各国のデータを基に、授業前と授業後の変化の分析、国際比較、男女比較、因子分析による潜在変数の抽出も試みる。大学生の科学技術がもたらす未来社会像と持続可能な社会開発への意識に関する知見をまとめる。先行研究やこれまでのプロジェクトとの相違点を明確にし、教育的見地、学術的見地、国際協力プロジェクトの見地から、調査研究報告書としてまとめる。

  8. 国際ワークショップの開催:実施前の詳細打合せ、中間報告、最終報告において国際ワークショップを開催する。

  9. 成果の公表・広報活動 学会発表や論文投稿等:関連諸学会での発表や論文投稿およびホームページでの掲載を通して、成果を国内外に積極的に公表・発信する。

 

※計画通りいかない場合の対処:各国で、アンケートに応じる生徒数等に不足がある場合は体制が整っている日本とオランダで先導し、他国に広げる方法を取る。

2.1
2.2

2-2 実施スケジュール

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3. 研究までの道のり

3. 研究までの道のり

3-1 独創性と創造性

林はこれまで、科学と社会の関わりを組織論やフォーサイトにより研究してきた。前述の様に、近年STEM人材の社会への関わりはマルチディシプリンや持続可能な開発が求められるよう変化してき他にもかかわらず、イノベーションを議論する技術経営学の国際会議では、異分野の連携研究が少なく、またSDGsに関して、日本で当たり前に実行されている例えばごみ処理や工場のCO2排出削減等の問題が、ブラジルや中国ではできていない一方で、日本の学生には十分にSDGsの概念が浸透していない等の議論が起こり、国々の温度差、認識の違いを感じてきたが、エビデンスとしてあるわけではない。そこで、各国の共通のテーマとしてこの度のプロジェクトの着想に至った。

3.1
3.2

3-2 国内外の研究動向

日本ではSDGs達成のための技術の実践や手法に関する研究、ESDの観点から見たグローバル人材育成の教育に関する研究、途上国におけるSDGs教育の研究がなされている(北村友人,2016;Kitamura, 2014, Kanie et al. 2014)。しかし、STEM人材に特化したSDGsの認識や変化を測定するものは見当たらないため、先行研究から日本の現状と特徴を把握し、STEMの分析に役立てる。また、ドイツの報告書によると、SDGs指標による目的達成度の測定では、北欧諸国が上位で、日本は18位、先進国の中では5位と順位はそれほど高くない。日本は、ジェンダー、気候変動、消費と生産、実施手段において順位が低く、この度の参加国を比較すると、例えばブラジルはエネルギーでは◎だが、オランダは×等、対して経済ではオランダは○でブラジルが×等各国の特徴がわかる。「実施手段」で日本は×、他国は△であり、更なる実施手段の改善が必要であり(Bertelsmann Stiftung and Sustainable Development Solutions Network,2017)、本研究が現状把握の一助となる。SDGs指標は、MDGsを一部引き継ぎ、議論の上、定義がされた世界共通の指標である。例えば、新国富指標は豊かさを金銭に換算し評価するもので、人、自然、人口を計測の対象とし、SDGsの項目の国家間の比較が可能になる(Muñoz et al., 2014)(馬奈木他,2016)。各国の言葉の定義や概念の比較を行うにあたりこれらの見地が有益である。SDGsの認知度に関して、PwCが世界の986企業と2015人の市民に行った調査では、世界の企業と比較して日本の企業は「SDGsを知らない」は2.7%に留まるが(世界:7.3%)、「認識しているが特に行動はとっていない」は日本35.1%世界20.8%と逆転する。また、日本の市民の70%がSDGsを「全く知らない または ほとんど知らない」と回答していて、世界(56%)に比べて認知が低く、企業の認知度との差も大きい( PwC, 2016)。若者への取り組みとしては、SDGs推進の組織をもつ大学もある。また、日本では学生が中心となりJYPS(Japan Youth Platform for Sustainability)を組織し、SDGsに関する活動やパブリックコメントの募集を行っているため、認知度の把握の参考とする。SDGsの政策ターゲットの策定方法は世界と各国の地域が直接に変化が起きていることが指摘されている(蟹江憲史,2015)ため、今回の各国における地方都市同士が直接共同プログラムを実施することに意義がある。

共通授業の作成においては、エビデンスに基づき将来の変化や機会やリスク等を分析する方法の限界は長年指摘されているが(Lindblom et.al,1993;Simon,1997他多数)が、ホライズンスキャニングは近年のビッグデータ解析や機械学習による分析等により、エビデンスの利用範囲や機会、速度は上がっている。それに加え、より柔軟に創造性を加味して未来予想をするシナリオプランニングの手法は、形式的にモデル化できないイノベーションを組み込んだ複雑なシミュレーションモデルの出力だけではなく、物語的方法で記述する特徴を有している(Schoemaker,1995)。また、重要で不確実なキーファクターやドライビングフォースを抽出することで、リスクに備え、支配的な考えに挑戦できる特徴を持つ(Schwartz, 1991)。これによって、幅広く、演繹的には導かれない未来を描く教材作りができる。

■これまでの研究活動

林と研究分担者の上西、石野、平田はそれぞれの専門を生かし、イノベーション研究に携わってきた。技術と社会の関係では、林は情報の非対称性が存在する科学者/技術者と政策決定者の関係を分析し、新たに出現する技術が早い段階でGustonらが提唱する両者を媒介する境界組織の必要性、マルチディシプリンの重要性をケーススタディを通して検証してきた(研究業績9,11,25)。また、科学の公正さ、効率性、重要性を媒介するためには、複数の科学評価機関による「統制された科学的市場(Regulated Scientific Market)」や “リサーチエンジン” を政策決定者に提供するくみが必要であること、つまりエビデンスベースを政策立案者に伝える仕組みの重要性を示した。さらに、戦略立案やアジェンダ設定、政策決定者と科学者/技術者が協働するWG等の重要性を検証した。先端医療の分野では、イノベーションとレギュレーションの関係分析においては、ホライズンスキャニング等、エビデンスに基づいた分析の持続的、漸進的な動向のみならず、より柔軟に創造性を加味して未来予想をするシナリオプランニングに基づき、戦略立案やアジェンダ設定で、技術のインパクトや実現可能性でプライオリティを定め、戦略立案を行うことにより、医薬品医療機器の承認基盤を整え、イノベーションを促進することを検証した(研究業績1,23,26)。シナリオプランニングや技術と社会、政策実装、フォーサイトの知見は、共同授業の作成の一助となる。また、林はSDGsにも定められるジェンダー平等や多様性とイノベーションに関する研究を特にSTEM領域に焦点を当て行ってきた。理系の母親の子どもが理系に進む、家庭での理系教育が充実していること等に有意差があり、母親の影響の女子に対する影響をはじめて実証した(研究業績19,20,21,22,)。これは、本研究での男女の違いを国際比較で検証する一助となる。前述の様に、ジェンダー平等はSDGsの目標に生みこまれており、日本ではジェンダーのSDGsへの達成度が低い。林はこれまでSTEMの女性の研究で得た知見をSDGsに組み込むための講演やネットワーク形成を行ってきた(研究業績12,13,24)。また、平田と林はICTに携わる女性の分析をエスノグラフィで行った結果を、テキストマイニングやネットワーク分析を行い業績を上げてきた。また、科研26380526では、ICT企業の男女の画像をオープンソースの深層学習で特性の検出に取り組む分析を行っている。これらの視点を本研究でも活用し、高度なレベルでアンケート分析や授業内容の作成に貢献出来る(研究業績5,6,7,8)。上西はモデリング研究に業績をあげてきた(研究実績27,28)。技術経営に関するコアカリキュラムの体制づくりを国内の技術経営の専門職大学院のコンソーシアムにおいて、事業統括責任者として実施してきた。林や石野と共にアメリカの技術経営学の分析、フォーサイトの手法を取り入れ、アジアの技術系経営大学院に拡張していく基盤作りを行ってきた。林、石野はコアカリキュラムにシナリオプランニングやホライズンスキャニングの概念(研究業績1,2,10)、機械学習やビッグデータ分析など、データサイエンスのスキルを組み込むための研究を行ってきた。石野はテキストマイニングによって新たな技術予測の方法論を確立した(研究業績3,4,17,18)。これらの手法により、授業内容の作成への貢献が可能である。

■準備状況と実行可能性

  1. アンケート: Avans大学ではアンケートのプロトタイプ(英語)が作成され600件実施された。Stel教授とすでに連絡を取り、プロトタイプに関する意見交換を行っている。これらを分析し、アンケートを改善、修正する。日本語に翻訳して実施する際に、語句や概念の認識の統一が必要である。確保しなければならない生徒数は、アンケート200名の内、未来社会像の授業を実施する生徒100名、従来の授業をするコントロール群100名である。山口大学大学院技術経営研究科では、STEMの学生による独自の枠をもっており、実施可能である。また、オランダ、シンガポールではすでに生徒数を確保している。

  2. 共同作業環境: アンケートを実施するにはクラウド環境で行い、各国で共有する。Avans大学で携帯電話やPCでアンケートにアクセス可能な環境が整っており、生徒が個人個人で入力することができる。この既存のウェブサイトに日本語版を追加する。定期的に開催する各国の会議は、テレビ会議を利用する。山口大学とマレーシア工科大学他では、学内に設置されているテレビ会議システムで遠隔で共通の授業が始まっており、これらの環境を利用する。環境が整っていない大学に対しては、SKYPE等の既存のテレビ会議を使用する。

  3. 共同授業の構成:国内の技術経営専門職大学が連携するMOTコアカリキュラムの改定に、山口大学から上西が事業統括責任者として携わってきた。この中で基礎学習項目の一つとなっている「技術と社会」は科学技術と社会、リスク、標準化、倫理等を扱っている。これらのカリキュラムは、海外展開を念頭に,アジア MOT コンソーシアム会員校のビジネススクール等と意見交換を行い、共同授業の素地を形成してきた。

  4. 国際ワークショップの開催:今回、研究に携わる主な大学や研究者とは、ICIM(International Conference on Innovation and Management)やISAME (International Symposium for Asian MOT Education)を通じて、これまで14回にわたり意見交換や学術交流を行ってきた。共同作業を行うにあたっても強いネットワークとなる。

4. 研究成果

4. 研究成果

4.1
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