SDGs for the earth
学術研究成果
高等教育機関の学生のSDGsに対する意識の国際比較調査
アンケート設計
本研究は”Agenda for the Future”のアンケート調査の中から、持続可能な開発ゴールの優先項目調査、環境に対する意識の調査を抜粋し、
-持続可能開発ゴールの優先事項は国によって異なるか?どのように異なるか?
-環境に対する意識が、出生地別、先進国と新興経済国、男女差等によって異なるか?
を検証した。
調査時期
2015年~2018年に行った調査を対象とした。アンケート調査は現在も継続中である。
調査方法
ウェブサイトでアンケートを実施した。モバイルフォンやパソコン、タブレット型コンピューターを通じても回答が可能である。紙形式で行わないことにより、一つのデータベースにデータを集め、迅速に分析する、遠隔地で行える等の利点があると考えられる。質問は、日本、ブラジルに関しては母国語で行い、その他の国は英語で行った。翻訳した理由は、質問に関する理解が英語に比べて明確になるようにするためである。100名程度の学生を12会場で期間中に行った。
調査対象
博士、修士、学士過程に在籍する世界の生徒を対象とした。
調査内容
アンケートは15分程度とした。の基本属性の項目は、性別、年齢、大学の学部、取得する学位のレベル、出生地とした。始めのセクションでは、持続可能な開発ゴールに対する優先順位を問う質問を行った。国連が定めたの17の持続可能な開発ゴールを、回答しやすくするために、学生が認識しやすい10の持続可能ゴールにまとめた。対応関係は表1に示す。
表1:アンケート項目とSDGsの対比

アンケートのセクション2では、環境問題に対する認識に関する質問を行った。環境に対する認識の測定には、1978年にDunlap等によって開発され、改良されたNEP(New Ecological Paradigm)尺度に基づいた質問形式[1]を使用し、アンケートを行った。NEPでは、環境に対する個人の態度を5つの側面から測定し、5段階リッカート尺度を使った質問形式により評価した。
NEPは環境問題の尺度として広く汎用的に使用されているが、Pienaar等は、絶滅危惧種の情報を掲載したアンケート調査の結果から、掲載された他の内容によって、環境に対する認識が影響を受けることを指摘し、バイアスが生まれる可能性に注意を払う必要性を述べている[2]。また、NEPを使用した研究によって、環境に対する行動や懸念が、民族、性別、年齢、政治的志向によって異なることがこれまで示されてきた[3][4]。
結果および考察
基本属性
期間中、12回のアンケート調査で、日本、オランダ、ブラジル等の国々で、一回あたり約100名の学士、修士、博士の過程で学ぶ学生、合計1194名が参加し、有効回答1087(91.0%)を得た。不完全な回答、回答時間が短すぎる回答、多くの項目が矛盾する回答等は分析から除外した。また、個人の性質に関する質問事項があるため、回答したくない人は途中で中止できる仕組みとした。ウェブサイトで行ったことにより、データの整形、不備の処理などがスムーズになった。
最も多い出生地がオランダで25.1%、ブラジル(13.5%)、インド(12.0)、日本(10.9%)と続き、4国で全体の61.5%を占めた。ついで、シンガポール、フィンランドが多く、その他の回答者は東欧、西欧、アフリカ、アジア等32の出生地に及んだ。このうち、先進国が43.4%を占め、新興国が40.0%を占めた。性別は、男性が54.2%、女性が45.8%を占めた。
持続可能な開発ゴールの先進国、新興国の比較
世界全体の持続可能な開発ゴールの優先課題の順位付けにおいて、先進国と新興国の比較を行った。現在全体の有効回答数が1087で、オランダが4分の1を占めるため、偏りがあることは否めない。先進国では、「水」が1位、「食料」が2位、「気候変動」が3位となった(図1)。これに対し新興国では「気候変動」、「食料」、「水」となった(図2)。順位は異なるが、生存に直結する項目に高い優先順位がつけられていることがわかる。食品は両国群において、3つのゴールの中で標準偏差が最も低く、普遍的なゴールととらえられていることがわかる。これに対して、新興国において、水問題に対する意見の偏りが大きいことが分かる。
図1:先進国のゴールの優先順位

図2:新興国のゴールの優先順位

先進国と新興国の間で最も順位差が大きいゴールは「宗教主導の行動主義」で順位平均の差が1.1あり、新興国で5位、先進国で9位となり、新興国において優先順位が高かった。次に順位差が大きいゴールは「資源」で順位平均の差は1.0で、先進国で7位、新興国で最下位の10位であった。
先進国、新興国の両方で優先順位が低いのは「人口」と「資源」であった。標準偏差から見ると「人口」は偏りが少なく、優先順位が低い中で認識が一致していると考えられているのに対し、資源は偏りが大きく一致していないことが分かる。
各国の比較
次に、アンケートにおいて、多くの標本数を持つ主な先進国である日本(図3)とオランダ(図4)、新興国のブラジル(図5)とインド(図6)の4か国を比較する。
4国の優先度と標準偏差の図の形には違いがみられ、オランダとインドは縦長で、標準偏差の値はオランダが2.84(気候)以下、インドが2.97(水)以下であるの対して、ブラジルは、横長になっている。水3.55、資源3.09、貧困3.01と標準偏差3以上が3項目存在する。オランダやインドにおいて、優先順位が比較的国内で普遍的な認識のコンセンサスがあるのに対し、ブラジルでは、持続可能なゴールの優先順位に認識の違いが大きいことが分かる。
各国には特異的な特徴が存在する。まず、図3が示すように、日本では、エネルギーが最も優先順位が高く(7.49)(オランダ5.75、 ブラジル5.95、インド 6.18)、標準偏差も最も低いため、普遍的な問題意識として共有されていことが分かる。日本に天然のエネルギー資源が少ないことにも起因する可能性はあるが、SDGsインデックスと比較するとエネルギーに関して日本が橙エリアにあるのに対し、オランダや、インドは赤エリア、ブラジルは緑エリアにある[5](評価の高いほうから緑>黄色>橙>赤)。日本とオランダを比較すると、二酸化炭素の排出効率は日本が黄色、オランダは赤、再生可能エネルギーの割合については、オランダは風車のイメージがあるが、両国とも赤エリアである(日本4.5%,4.7%)。SDGsインデックスで表されるデータと認識が必ずしも一致している訳ではないことが分かる。
図3:日本のゴールの優先順位

図4:オランダのゴールの優先順位

海抜の低いオランダでは、水の問題は普遍的かつ優先順位の高い問題であることが分かる。オランダで水問題が最優先されているのに対し、日本とブラジルでは6位である。インドのガンジス川、インダス川の汚染は有名で、3位と高い順位にある。 SDGsインデックスでは、「改善された水源へのアクセス(%人口)」は日本、オランダ両国で100%、また、「改善された衛生施設へのアクセス(人口比)」は、オランダで97.7%、日本で100%である同様に高い。
図5:ブラジルのゴールの優先順位

図6:インドのゴールの優先順位

ブラジルでは先述のように、他国に比べ、偏差が大きい。しかし、リサイクル等の「廃棄物」は最も偏差が小さく、優先順位が最も低いので、優先順位が最低のところで認識が一致していると考えることができる。新興国において、経済成長とともに、廃棄物が増加することは十分に予想できるが、事前に対策を打つことが望ましい。現在、マイクロプラスチックが人体から検出されたニュースや、EUが禁止令を発令するニュース等でプラスチック廃棄物が大きな社会問題となっているが[6]、廃棄物の優先順位は各国でそれほど高くない。
ブラジルでは、他の国ではそれほど順位が高くない人権が1位になっている。
インドでは、気候が平均値7.96で各国で最も高い値を示した。自然災害の影響を懸念することから、順位が高くなっていることが考えられる。
人口の順位は各国で低く、人口が急増しているインドでも9位となっている。また、高齢化が進んでいる日本でも、その他の2国のオランダとブラジルでも9位と、優先順位が低い。
食品は食糧自給率が低いがフードロスが多い日本において3位、その他の国ではすべて2位で、優先順位が高い。自給率の上昇、フードロスの削減、食糧の確保、食糧の流通問題等それぞれの国で問題点は違っているが、それそれの国で大きな問題と認識されていることが分かる。
NEP
環境に対する認識をNEP(New Ecological Paradigm)尺度を使って測定した。男性590名のNEPの平均は2.94、標準偏差0.51、女性433名の平均は3.13標準偏差0.47で、このアンケートでは、女性の方が、環境保護的、環境に配慮があることが分かった。t検定を行い、t(1021)=5.82, p<.01で、女性のNEPが男性に比べて有意に高いことがわかった。
NEPの国別比較では、オランダが最も低く2.8、偏差は最も広い。続いて日本2.89、インド3.07でインドの偏差は最も小さい。ブラジルがNEPが最も高く3.3であった。Johnson等はアメリカの白人、ラテン系、黒人などの調査でラテン系や黒人が白人に比べ環境保護の傾向が少ないことを述べている[3]。白人系の多いオランダと、ラテン系のブラジルと考えると、今回の結果とは一致しない。
図7:国別NEP

おわりに
「気候変動」、「水」、「食料」の基本的な生活に密着した項目に高い優先順がつけられたことは興味深い。これらの優先度の高い項目を明確にすることで、公共機関は緊急かつ優先的に集中し、問題解決に取り組むことができる。また、水や食料などでは、それそれの国で優先順位が高いが、抱える問題はそれぞれ異なるため、異なるアプローチが必要であることが予想される。
また、先進国と新興国で、同様の優先順位の構造となったことは、国際会議やインターネットでの情報発信を通じて危機感が共有されることを意味しているのではないか?直接的な被害が及ばない国においても、地球規模で考えるために情報を広めることの重要性を示している。
優先順位は危機感や興味ととらえることができるが、これらが必ずしもSDGsインデックス(SDGsの達成度/非達成度)と呼応していないことも、エネルギーの事例などで確認できた。今後、世界共通の指標によって、データの有無や達成度、弱み、強みを示し、逸話的な部分を減少させ、科学的データに基づいた根拠を示していくことが大事である。
NEPについては、性別の違いによる環境保護への意識の違いがここでは明らかになった。女性が意思決定に加わることで、環境への配慮が増してくる可能性を示唆するものである。NEPに関して、性格や思考との関連など、アンケート結果のさらなる分析が考えられる。将来的には、これらの研究結果を教材や教育に組み込むことで、社会未来像の実現につなげていきたい。